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ゴダールの安楽死

【トピックス】
 少し前の話になりますが、10月1日午後9時に放送されたNHKスペシャル「新型コロナ病棟の900日/知られざる命のドラマ」をご覧になった方も多いと思います。番組では、神奈川県川崎市にある聖マリアンナ医科大学病院における新型コロナウイルス感染者への手厚いケアの様子がレポートされていました。
 その取材対象となった患者さんの一人(40代女性)は重篤な新型コロナウイルス感染者であり、妊娠7月の妊婦さんでした。その女性が人工心肺装置エクモをつけて治療を受けていたところ、突然陣痛が始まり、早産します。900グラム台の女児が誕生し、母子ともに危篤状態になりますが、医療スタッフの懸命の治療が功を奏し、二人とも命をとりとめることができました。番組のラストには退院後の母子の元気な姿が映し出され、視聴者はみな安堵したのではないでしょうか。
 「命の尊さ」「生きていることの奇跡」等々、口にすることが照れくさいようなワードが素直に心に落ちる番組でした。また医療に従事される皆さんの尊い仕事ぶりに、改めて感謝の思いを抱きます。このような良質の番組を供給してくれる限り、誰もNHKをぶっこわしたいとは思わないでしょう。もちろん、弊習や不合理な制度は改めてもらわなくは困りますが。10月14日記

【ゴダールの安楽死】
 本年9月13日、フランスの映画監督ジャンリュック・ゴダールがスイスで死去しました。ゴダールは20世紀半ば、ヌーベルバーグと呼ばれる新潮流の旗手となり、フランスのみならず世界中の映像作家にに大きな影響を与えました。代表作である『勝手にしやがれ』『気狂いピエロ』をご覧になった方は多いと思います。
 ゴダールの死因は「安楽死」だったそうです。安楽死には「消極的安楽死」と「積極的安楽死」があるようですが、ゴダールの死がどちらであったのかはわかりません。
 消極的安楽死とは、回復の見込みのない患者に対し、延命措置を打ち切ることです。日本では「尊厳死」とも呼ばれています。明確な法的裏付けが与えられているわけではありませんが、医療現場では事実上容認された形となっているようです。
 一方、積極的安楽死とは、医師が致死性の薬物を患者に投与する、あるいは患者自らが服用することにより、死に至るケースを指します。通常私たちが「安楽死」を語る時、その多くは積極的安楽死を指すと思います。
医師が患者に薬物を投与すること、あるいは患者に薬物を渡すことは、普通に考えれば、殺人や自殺幇助の罪に問われることになります。しかし、積極的安楽死を認めた国・地域においては、その違法性が阻却されることになるのです。
 現在、積極的安楽死が認められているのは、ゴダールの自宅があったスイス、アメリカの幾つかの州、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、カナダ、オーストラリア、スペイン、ニュージーランド、コロンビアだけです。日本では認められていませんが、今までのいくつかの判例によれば、厳密な条件をクリアした場合にだけ違法性が阻却されるようです。
 詳細は不明ですが、ゴダールが安楽死を選んだ理由は病気ではなく「疲労困憊」であったそうです。安楽死の合法化により、ある意味で人生の選択肢が広がるとも言えますが、どのように評価すべきなのでしょうか? 当事者でなければわからないことがあり、安易にその是非を論ずることはできません。日本においても、今後、長く深い議論が続くことになるのでしょう。
 『気狂いピエロ』のクライマックス、自死を図ろうとするベルモンドが翻意し、顔に巻きつけたダイナマイトを必死に外そうとするシーンには、人間の生への情熱が素直に表現されています。その最期のあがきから、アルチュール・ランボーの詩情とコラボした美しいラストシーンが見事に導き出されます。この映画の公開から57年、ゴダールは安楽死を選んだのです。

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