【トピックス】
1月27日、埼玉県ふじみ野市で在宅医療に取り組み、コロナ禍における自宅療養患者の訪問診療においても活躍した医師・鈴木純一さんが、渡辺宏容疑者の凶弾により命を失いました。
鈴木医師と容疑者との間には、容疑者の母親の診療方針を巡っての意見の食い違いがあり、容疑者は各所で身勝手な不平不満を発していたようです。今日、医師の見解を鵜呑みにする時代ではないのかもしれませんが、容疑者には、入試や国家試験の準備も含めた膨大な勉強量に裏打ちされた医師の高度な専門性に対する敬意がなかったのでしょうか。
この国の医療体制は、医師の堅固な倫理観と強い使命感に支えられていることを忘れてはなりません。報道で知る限り、鈴木医師はその両方を兼ね備えた医師であったようです。国民皆保険制度にもとづく医療へのアクセスの容易さが、この国をスポイルしているような気がしないでもありません。
超高齢化社会に突入し、在宅医療の裾野を広げてゆかなければならない昨今、残念極まりない事件でした。鈴木医師に哀悼の意を表するとともに、医師に同行して負傷したお二人の一日も早い回復を祈ります。
【2022年読書日記③】
「だいぶ前の話」であることをお断りしておきます。四国遍路(四国88ヶ所巡礼)を経験された方がお亡くなりになると、納棺の際、遍路で使った菅笠、白装束、輪袈裟、納経帖、金剛杖等を一緒に棺に入れられる光景をよく見ました(ちなみに、現在の出雲市の基準で言えば、納経帳や金剛杖はアウトかもしれません)。真言宗寺院の檀家さんだけでなく、宗派問わずよく見られた光景です。前回の副葬品の話の続編というわけでもないのですが、今回は四国遍路に関する本、上原善広『四国辺土』(角川書店/2021年)を紹介します。
思いの濃淡はあれども、ほとんどの人にとって四国遍路は観光や寺院めぐりの延長線上にあるのではないでしょうか。本書で取り上げられるのは、そうした世俗的な巡礼ではなく、例えば「草遍路」と称される巡礼です。草遍路に定型があるわけではないのですが、本当の意味での最小限の生活道具だけを携え、各地でのお接待と托鉢を頼りに、自らの足でアップダウンを含む1132.2キロの道程を歩み続けるような巡礼をイメージすればよいと思います。遍路を生活そのものとするスタイルと言ってよいかもしれません。
上原氏は本書において、四国遍路が人間の精神に及ぼすポテンシャル、すなわち精神の浄化や救済へとつながる可能を探っています。社会に歓迎されず、苦難の多い人生を歩み、草遍路へと身を投じた人々の精神のありようが、上原氏の名文によって浮彫にされてゆきます。果たして、弘法大師の大慈悲は彼らを救いとってくれるのでしょうか。本書を読むと、「普通」とは違う意味で、四国遍路を体験し、その深淵に触れてみたくなります。
参考文献として上原氏が挙げていた森正人『四国遍路』(中公新書/2014年)も読みました。四国遍路の歴史を知る上で非常に分かりやすいガイドブックであり、古文を現代文に訳して引用する等とても親切な本でした。余談ですが、中島みゆきの3作目のアルバム『ありがとう』には、『遍路』という名曲が収められています。
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