【トピックス】
10月14日に衆議院が解散され、19日公示/31日投票という日程で選挙が行われることになりました。就任から今日にいたるまで、岸田総理大臣は国民の声を聴くことを大切にする姿勢を強調しています。それでは、私たち国民はどのようにして岸田総理に声を届ければよいのでしょうか? 一番効果的な方法は、来るべき衆議院選挙で投票することだと思います。ネット上で為政者の批判で盛り上がるよりもはるかに効果があるはずです。
前回の衆議院選挙の投票率が53.68%、直近の参議院選挙が48.8%。国民の半数近くが声を届けることを放棄している現状です。民主主義を機能させるためには、まず投票することが必要ではないでしょうか。選挙権を持っている高校生もしっかり選んで一票を投じてくださいね。
【島田先生の「死学?」】
9月末に刊行された島田裕巳『無知の死』(小学館新書)を読みました。島田氏は、2010年の『葬式は、要らない』発表以来、「葬送の自由をすすめる会」でも活動しながら、従来の葬儀の在り方を相対化する視点を提供してくれました。葬儀業界にとっては、貴重な問題提起であったと思います。
本書においては、まず、ご両親の死をはじめとした島田氏自身の体験をめぐる考察からスタートします。そして、それをベースとして、宗教学の碩学である岸本英夫の死、現代社会における死生観の転換、安楽死、在宅ひとり死、孤独死等について考察が進んでゆきます。特に安楽死については、これまで以上に深い知見が述べられているように思いました。
ここで各テーマについてコメントすることはできませんので、一番重要だと思われることを述べておきます。すなわち、長寿にともなう自然死は「恐怖」や「苦痛」とは無縁の穏やかなものであるという見解です。ご両親の死を経験して、島田氏はこのことを確信したようです。もちろん立証することはできませんが、ジャーナリストの立花隆氏や看取り経験豊富な医師からも同様の見解が述べられているようです。
若くして病気や事故で亡くなる場合、その死は穏やかならざるものでしょうが、割合からすれば自然死のほうが圧倒的に多いはずです。その「穏やかならざる死」ばかりがクローズアップされるため、自然死=穏やかな死が隠蔽されてしまうことも氏は指摘しています。
本書の「おわりに」で島田氏は次のように述べています。「意外に、私たちは人の死について知らない。無知なのだ。多くの人がどのように死んでいくのか。そして、自分が将来においてどういう形で死ぬのかが分かっていないのだ」。「それを知ることは、無知から解き放たれる第一歩である。死にまつわる問題を考えていく上で、その一歩を踏み出すことの意味は限りなく大きい」。
『無知の死』という題名は、おそらくソクラテスの「無知の知」を意識したものだと思います。また、死の際において「無知の涙(永山則夫)」を流さぬようにとの思いが込められているのかもしれません。本書は「島田死学」の序章となるのでしょうか?
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