公善社のブログ

インドの火葬に思う

 先日の投稿「『終のひと』第一巻を読んでみた」について、作者・清水俊さんと考える葬儀屋さん・赤城啓昭さんにツイートしていただきました。ご縁が広がり、嬉しく思います。今後ともよろしくお願いします。

 ところで、緊急事態宣言が5月31日まで延長され、対象地域も拡大されました。感染拡大の勢いは一向に衰える気配がありません。島根県でも連日新規感染が発生しています。いま一度、気を引き締めて感染防止に取り組みたいと思います。
 日本も大変な状況ですが、今、インドが凄まじい状況に陥っています。5月12日時点での累計の感染者数は約2334万人、累計の死者数は25万4千人を超えているようです。国境を超えた支援体制が構築され、一つでも多くの命が救われることを願っています。

 最近TVニュースでインドの火葬シーンをよく目にします。ちなみにインド人の約8割はヒンドゥ教徒であり、ヒンドゥ教徒のほとんどは火葬され、その遺骨はガンジス河に流されるそうです。おそらくインドにも日本と同じような火葬施設があるとは思いますが、急増する死者数に対応し切れていないのでしょう。やむなく野外のオープンスペースで火葬が執り行われ、その映像が私たちに届けられるのです。
 棺は使わず、遺体は直に焼かれるようです。燃料となるのは薪であり、遺体を取り囲むように薪が積み上げられ、そこに着火されます。遺体は長い時間をかけて遺骨・遺灰へと変わってゆきます。TVを見ている人の中には、こうした光景に目を背けたくなる人もいるかもしれません。確かに日本人は事態急迫においても、このような火葬をしないでしょう。東日本大震災での対応を見れば明らかです。

 「輪廻転生」「梵我一如」というヒンドゥ教のキーワードから察するに、例えば過去と現在と未来の境界、生と死の境界、人間と自然の境界に固執しないことはヒンドゥ文化の特徴の一つではないかと思います。こうした文化を背景にしてオープンスペースでの火葬が執り行われ、河へと散骨されるのです。「やむを得ず」という面もあるでしょうが、ヒンドゥ教徒が多数を占めるインドにおいては、許容される葬送の在り方なのでしょう。自戒を込めて言います。背景にある文化の違いをわきまえず、安易に他国の行動を批判することは慎まねばなりません。

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